2010年01月25日

警告されていた!ハイチ大地震(3)

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2010年1月12日午後4時53分(現地)、日本時間2010年1月13日午前6時53分
カリブ海のハイチでM7.0の地震が発生。

震源は首都ポルトープランスの南西約15キロ
震源の深さは約10キロ。



国連人道問題調整事務所(OCHA)は、ハイチ政府が22日午後4時(日本時間23日午前6時)で生存者の捜索・救助段階を終了した、と宣言したことを明らかにした。

新たな生存者の救出がほとんどなくなっているための措置とみられる。

国連によると、ピーク時には67チーム計1918人の国際救助隊が活動し、21日までに132人が救出された。

AP通信によると、ラセグ情報相は24日、これまでに15万人以上の遺体を収容したと語った。

一部の救助隊は活動を続けているが、今後の国際支援は約300万人の被災者への食糧支援や仮設住宅の建設、インフラ復旧など復興支援に重点が移ることになる。

ハイチ政府は、地震の影響を受けていない地方に親類らがいる被災者は、首都ポルトープランスを離れるよう勧めており、これまでに政府支援で約13万人が首都を脱出した。

国連食糧農業機関(FAO)は、首都や南部ジャクメルなど主な被災地から地方へ脱出する人は約100万人に達すると推計している。

約900万人の総人口のうち、約半数は地方に暮らすが、うち8割は1日1ドル以下での生活を強いられており、地方へ流出した被災者への食糧支援なども課題になる。

屋外に設置された避難所

屋外に設置された避難所の様子



1月24日、近衛忠 国際赤十字会長、ハイチから帰国

ハイチ大地震の被災地を訪れていた近衛忠 国際赤十字・赤新月社連盟会長(70)=日本赤十字社社長=が24日、成田国際空港に帰国した。

会見で「街中がれきの山で異臭に包まれている。」と被害の深刻さを語った。

近衛会長によると、現地の空港はボランティアスタッフや世界中から届く救援物資でパンク状態にあり、「救援自体が混乱し、さばき切れていない」という。

国際支援の強化を目的に13日に日本を出発。
被災者が搬送された病院などを回り、各国の赤十字スタッフらを激励した。

また、ハイチや隣国ドミニカ共和国の大統領と面会し、「復興計画の策定を急がねばならない」と危機感を強めたという。

日赤は24日午後、さらに6人の医療スタッフをハイチに派遣した。

街中がれきの山

街中がれきの山で異臭に包まれている


懸命に救出作業が行われている

がれきの下にはまだ多くの人が埋まっている



他人事とは到底思えない、この未曾有の大災害に、防災サポ

ートおぢやは、「ハイチ大地震救援募金」を行います。

一人一人のわずかなご寄付が、1日1ドル以下での生活を強

いられている現地の被災民やご遺族に、大きな救援となるこ

とを心から望み、この救援募金にご賛同下さいますよう、心

からお願い申し上げます。











中越地震の体験者だからこそ伝えられる生身の情報

すぐに役立つ実際的な情報

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全国の皆様にお伝えしております。







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2010年01月24日

警告されていた!ハイチ大地震(2)

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2010年1月12日午後4時53分(現地)、日本時間2010年1月13日午前6時53分
カリブ海のハイチでM7.0の地震が発生。

震源は首都ポルトープランスの南西約15キロ
震源の深さは約10キロ。



警告されていたハイチ大地震

ハイチの首都直下で起きたマグニチュード(M)7.0の大地震を起こした活断層について、かつて調査した米仏やハイチの研究チームが2008年、地震の危険性を論文で警告していたことがわかった。

米パーデュー大やハイチ鉱山エネルギー局などの研究チームは、GPS(全地球測位システム)による地殻変動の測定結果などをもとにこの活断層を調べ、08年7月、地球物理専門誌「ジオフィジカル・ジャーナル・インターナショナル」に発表。

活断層がハイチで最後に大きな地震を起こしたのは1751年(M7.5)で、それ以降に蓄積されたひずみが現時点で解放された場合、「M7.2程度の地震になりうる」と警告した。

ハイチのあるイスパニョーラ島は北米プレートとカリブプレートがぶつかり合う付近に位置しており、プレートの動きに伴ってひずみがたまりやすく、断層活動が活発とされている。

崩壊したスラム街

崩壊したスラム街



20世紀以降、3番目に位置する可能性が出てきたハイチ大地震

防災白書によると、20世紀以降、最大の犠牲者を出した地震は1976年の中国・唐山地震で死者約25万人

2004年のスマトラ沖地震では、死者・行方不明者22万人以上

ハイチ大地震では、現時点で死者12万人、行方不明者は数え切れず

ちなみに、1923年の関東大震災の犠牲者は、10万5千人



トピックス

がれきの下からメール送ったカナダ人救出

1月14日、ハイチで12日に発生した強い地震により、現地でがれきの下に閉じ込められていたカナダ人の女性が、遠く離れたカナダの外務省に携帯機器からテキストメッセージを送信し、13日に救出された。

女性は携帯端末を使って約3,000キロ離れたオタワにある外務省にメッセージを送り、同省から連絡を受けたハイチにいるカナダの外交官らが、現場に駆けつけたという。
  
カナダ外務省は女性が「無事」だと説明しているが、それ以上の詳細は明らかにしていない。 

がれきの下からメール送ったカナダ人救出

がれきの下からメール送ったカナダ人救出



がれきの中から生後約3週間の乳児が救出される

大地震発生1週間後の19日、がれきの中から生後約3週間の乳児が救出された。

倒壊した家屋のがれきの中にできた空間にいて、フランスの救助隊が約5時間かけて救出したという。

乳児の救出

奇跡的に救出された生後約3週間の乳児



20代男性救出、コーラ飲み待つ

ポルトープランスで23日、20歳代の男性が倒壊した食料雑貨店のがれきの下から国際救助隊により救出された。
健康状態に問題はないという。

男性はホテル1階にある店のレジ係として働いていた。
地震の揺れで壁が崩れ始めた直後に机の下に飛び込み、閉じ込められた小さな空間で、店にあったコーラを飲んで救助を待ったという。

男性は「今が昼か夜なのかも分からなかった。自分は生き延びるのだ、ということだけを考えていた」と語った。

コーラを飲んで救助を待った20代男性

コーラを飲んで救助を待った20代男性







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2010年01月23日

警告されていた!ハイチ大地震(1)

地震災害、地震防災対策サポートサイト
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2010年1月12日午後4時53分(現地)、日本時間2010年1月13日午前6時53分
カリブ海のハイチでM7.0の地震が発生。

震源は首都ポルトープランスの南西約15キロ
震源の深さは約10キロ。


ハイチ共和国【Haiti】

首 都  ポルトープランス
人 種  アフリカ系90%、混血10%
言 語  フランス語、クレオール語(以上公用語)
宗 教  カトリック(国教)、プロテスタント
      多くの国民はカトリックの信仰と並行して、
      ブードゥー教の慣習も行う

通 貨  グールド
人 口  7,656,166人
面 積  27,750 平方キロメートル(四国と九州の中間程度
      の面積)
政 体  立憲共和制
元 首  ルネ・ガルシア・プレヴァル大統領(2006年5月就任
      任期5年)
議 会  二院制(上院30議席、下院99議席)


アメリカ大陸で2番目に独立した国家であり、世界で最初の黒人共和国。
かつては西半球で最も豊かな植民地といわれていたが、現在では西半球で最も貧しい国になっている。


ハイチ地図

ハイチ地図

ハイチの国旗

ハイチの国旗

崩壊前の大統領府

崩壊前の大統領府、ハイチでもっとも大きく美しい建物だったと言われている

崩壊後の大統領府

崩壊後の大統領府


救助の様子

ハイチ地震で倒壊した建物で救助活動するトルコのレスキュー隊=15日



日本政府は21日、ハイチ被災地の医療活動を支援するため、ハイチへ自衛隊国際緊急医療援助チームを派遣した。
医官や連絡官からなる自衛隊の部隊はおよそ100人。

また14日には、ハイチへ500万ドル相当の緊急無償資金援助と3000万円相当の救援物資を提供すると発表している。

23日、自衛隊の国際緊急医療援助隊の第1陣が被災地に到着し、医療活動を開始。

ハイチのレオガンに入ったのは、医師や看護師などで構成された自衛隊の医療援助隊の第1陣、およそ30人で、現地で活動中のJICA(国際協力機構)の医療チームと合流した。

自衛隊員らは到着後、仮設テントでJICAとともに、負傷者の治療を行った。
負傷した子どもの母親は「来てくれて本当にうれしい。来てくれなければ、子どもはけがした腕を切断しなくてはいけなかった」と話した。

JICAは26日に帰国予定で、その後は、自衛隊がおよそ100人態勢で医療活動を行う。


自衛隊の救援活動

23日、ハイチのレオガンで、自衛隊の国際緊急医療援助隊の第1陣が医療活動を開始。



一方、首都ポルトープランスでは、ようやく重機が入り、がれきの除去などが始まったが、市内ではほとんどの建物が倒壊しているため、がれきの下敷きとなった遺体の収容などには時間がかかるとみられている。

各国の救援部隊による必死の捜索活動が続く一方で、現地では遺体の身元確認をしないまま集団埋葬が始まっている。

米CNNテレビは、土砂運搬用のダンプカーの荷台に載せられた遺体が、埋葬のために掘られた穴に投げ込まれていく様子を繰り返し伝えている。

1月14日港の遺体安置所

野ざらしにされている遺体






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