2016年03月11日

大震災から5年『縮災』の視点とは

災害大国である日本、天災の宿命とどう向き合うかという課題について考えてみたいと思います。

■「縮災」とは

・被害に見舞われても速やかに復旧できるように、社会の回復力が高いという意味である。

・レジリエンスを高めるとは「被害を減らすと同時に、復旧までの時間を短くすることにより、社会に及ぼす影響を減らすこと」である。

「縮災」とは、レジリエンスを高めることを目標とする。

※ レジリエンス=精神的な回復力・抵抗力などを表す心理学的用語。

要約すると、精神的にも物理的に於いても、災害被害を小さくすることと言えます。
日本政府は、縮災を「国土強靭化」と訳しています。

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター長で、災害の歴史に詳しい河田恵昭・関西大教授は、日本の防災意識に関して「江戸幕府から明治政府に変わるときに見逃されたのが防災だ。」とし、その理由を「政治機構の参考にした欧州の国々も巨大災害を経験していなかったため」としています。

同氏は、続けて「日本の災害対策は起こった災害を繰り返さないという発想で、災害が起こらないと対策を取らなかったが、震災後、政府は今後起こるであろう巨大地震の被害の大きさを想定し、減災の対策を立てようとしている。その姿勢は評価すべきだ。」

と、一定の評価はしているものの、その一方では「被害を減らす方向へ進んでいるとはいえない。」としています。

さらに、「心配なのが首都直下地震だ。人と情報の流れが地震発生の瞬間、ぱっと止まる。」

「世界の都市が歴史上経験したことのない災害になる。限られた財源で命を守るには既存の防災施設の強度を高めることを優先すべきだ」

「これから求められるのは、被害を小さくしできるだけ早く回復させる『縮災』の考え方だ。

「被害を長引かせない方法を検討すれば、より現実的な対策につながる。震災から5年がたち、親族を亡くした当事者とそれ以外の人々の悲しみに差がありすぎるように見える。」

「悲しみを共有できない社会が、巨大災害と対峙することはできない。」としています。

■ この『縮災』の考え方を、もう少し具体的にすると

・限られた財源で命を守るには、既存の防災施設の強度を高めることを優先すべき。

津波は、「万里の長城」と呼ばれ、"防災のまち"として世界的に知られていた岩手県宮古市田老町の防潮堤10mの高さを乗り越え、破壊し 押し寄せた。

20160311miyakotarou1.png

被災直後(平成23年3月28日撮影)=岩手県

防潮堤原形復旧(漁港海岸は計画堤防高14.7m)
20160311miyakotarou2.png
防潮堤復旧状況(平成26年3月13日撮影)=岩手県

減災対策としての、巨額の費用と年月が必要とされる新たな防潮堤の設置(総額約26兆円)は、今なお賛否両論が渦巻いているのが現状です。

津波の被災者は、素朴に「海がそこに見えるから、津波が来たことが分かるが巨大な防潮堤で海が見えなければ避難しないようになる」と、語っています。

つまり、命を守るための対策は、巨大な防潮堤があるか無いかよりも、ナカさんのような意識を持てるかどうかに掛かっていると言えるようです。

・災害の歴史から多くを学び、悲しみを共有できる社会とは

「縮災」とは、レジリエンスを高めることを目標としていますから、精神的な回復も早く成されなければなりません。

旧山古志村の村長で、中越地震で全村避難の経験を持つ長島忠美復興副大臣は、県内紙において 新潟は今後、どう被災地と関わるべきかの質問に対し「精神的に寄り添う関係を続けてほしい。」

「山古志村は中越地震で人口が減ったが、それ以上に交流人口が増え、今も全国の多くの人と連携が取れている。」

「被災者の近くにいる新潟県民が、そばでずっと見続ける、風化はさせない、というメッセージを送ってほしい」

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私なりに、『縮災』という視点で見た場合の実例をあげてみました。

「巨大な費用(約26兆円)と、長い年月を投じ新たに防潮堤を築く」ことも、「そばでずっと見続ける、風化はさせない」ことも、被災者の生活再建に関しては、経済の活性化だけでは実現しません。

中小企業振興、良好な住宅再建、優れた都市計画など、社会基盤の充実が存在して初めて実現する事と言えるのではないでしょうか。

私たちにゆとりがないと、非常に難しいことです。

ちなみに、日本政府は 被害を小さくしできるだけ早く回復させる『縮災』を意味する
National (Community) Resilience(ナショナル コミュニティ レジリエンス)
を、「国土強靭化」と訳しています。

調べによると「政府から家庭までの共同体での人間活動」という意味のようです。

結局、余りにも難しくて 一人ひとりが出来ることを、やることに たどり着いてしまいました。

情けないことです……。






posted by NPO法人 防災サポートおぢや at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣講師の体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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