2013年10月24日

中越大震災9周年復興祈念 復興のつどい が開催されました。


68人が犠牲となった中越地震から9年を迎えた10月23日

各地で追悼の行事が行われ、県内は鎮魂の祈りに包まれました。


NPO法人 防災サポートおぢやの関 広一理事長は、小千谷

市総合体育館で開催された県などが主催する追悼式に先立ち

小千谷市塩谷で命を落とされた小学生3人の慰霊碑を訪れました。


震災当時、小千谷市長であった関理事長は、今日まで一回も

欠かすことなく毎年23日に慰霊碑を訪れ、ご冥福を祈っています。


毎年10月23日、慰霊碑を訪れ
ご冥福を祈る関広一理事長


中越地震で、犠牲になられた小学生のお父さんでもある星野

剛さんは、悲しみを内に秘めながらも、防災、減災、災害時

の実際的な対処方法などを語り伝えるため防災サポートおぢやの語り部(講師)として全国を飛び回っています。

その様子は、こちらからご覧になれます。



防災サポートおぢやは、楽集館で開催された「おぢや10.23の

つどい」で、甘酒の提供で協力をしました。


甘酒の提供は、毎年 当法人が続けているもので、訪れた人に

ささやかですが 少し緊張している気持ちを和らげる効果もあり

多くの人に喜ばれています。

甘酒をふるまっている
防災サポートおぢやのみなさん



「おぢや10.23のつどい」では、谷井市長、風間市議会議長

宮崎県議会議員が哀悼の意を示し、防災、減災に向けて語り

継ぐ必要性を強調されていました。


    風間市議会議長         宮崎県議会議員



   午後5時56分黙とう           献 花

午後5時56分黙とう 献 花



追悼式は、新潟県と被災した6つの自治体が小千谷市の総合体育館において合同で開催し、地元の人などおよそ230人が、犠牲者に黙とうをささげた。

参列した泉田裕彦知事は、「粘り強く復興に取り組んできた歩みは、今後の全国の災害復興に生かせる」と強調。

追悼式には泉田知事や旧山古志村の村長だった長島忠美衆院議員らが出席、黙とう、献花をした。

また、被災者を代表して、東日本大震災の被災者を受け入れる活動をしている小千谷市の細金剛さんが「地震では、みんなと助け合い、支え合って生きていくことがいかに大切かということを学んだ。
これからもこの教訓を生かし、地域の復興に取り組んでいく」と誓った。

黙とうに続き、吉谷小学校の26人の児童が大震災の復興支援ソング「花は咲く」を合唱。



被災地では、住宅や道路などは ほぼ復旧し、大きな被害を受

けたニシキゴイの養鯉業なども再興が進められていますが、

一部の集落では、人口が震災前のほぼ半分に減るなど過疎

化と高齢化が深刻な問題となっています。



新潟県などは、地震発生から10年になる来年に向けて山間

部の支援を含めた復興の取り組みについて検証を進めています。



また、国土交通省北陸地方整備局と県、新潟市、長岡市、新

潟日報社などは、小千谷市も含め「防災・減災新潟プロジェ

クト2014」統一キャンペーン実行委員会を設立し、年間を通

じ連携して災害の教訓を発信することが決定しました。



2014年度までの計画で、被災地に派遣している地域復興

支援員は、小千谷市など5市に約40人いますが、泉田知事

は「地域社会をまとめていくために重要な役割を果たしている。

急に制度をなくす考えはない」と、15年度以降も継続する意向

を示しています。




被災地は、行政、ボランティア、さまざまな支えもあって復興へ

の歩みを進めてきました。


折しも、巨大台風や竜巻、大雨といった自然災害が日本列島

に次々と襲いかかっています。



台風26号で、山津波という未曽有の被害を受けた東京・伊豆

大島では、なお行方不明者の捜索が続いています。



間を置かず、台風27号も近づいています。



災害は、支え合いの大切さを教えてくれました。



災害や規模、地域の違いはあっても通じ合うものがあります。




今、伊豆大島の災害に対して、何かできることがあるのではな

いかと考えます。







posted by NPO法人 防災サポートおぢや at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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