2010年01月23日

警告されていた!ハイチ大地震(1)

地震災害、地震防災対策サポートサイト
防災サポートおぢや


2010年1月12日午後4時53分(現地)、日本時間2010年1月13日午前6時53分
カリブ海のハイチでM7.0の地震が発生。

震源は首都ポルトープランスの南西約15キロ
震源の深さは約10キロ。


ハイチ共和国【Haiti】

首 都  ポルトープランス
人 種  アフリカ系90%、混血10%
言 語  フランス語、クレオール語(以上公用語)
宗 教  カトリック(国教)、プロテスタント
      多くの国民はカトリックの信仰と並行して、
      ブードゥー教の慣習も行う

通 貨  グールド
人 口  7,656,166人
面 積  27,750 平方キロメートル(四国と九州の中間程度
      の面積)
政 体  立憲共和制
元 首  ルネ・ガルシア・プレヴァル大統領(2006年5月就任
      任期5年)
議 会  二院制(上院30議席、下院99議席)


アメリカ大陸で2番目に独立した国家であり、世界で最初の黒人共和国。
かつては西半球で最も豊かな植民地といわれていたが、現在では西半球で最も貧しい国になっている。


ハイチ地図

ハイチ地図

ハイチの国旗

ハイチの国旗

崩壊前の大統領府

崩壊前の大統領府、ハイチでもっとも大きく美しい建物だったと言われている

崩壊後の大統領府

崩壊後の大統領府


救助の様子

ハイチ地震で倒壊した建物で救助活動するトルコのレスキュー隊=15日



日本政府は21日、ハイチ被災地の医療活動を支援するため、ハイチへ自衛隊国際緊急医療援助チームを派遣した。
医官や連絡官からなる自衛隊の部隊はおよそ100人。

また14日には、ハイチへ500万ドル相当の緊急無償資金援助と3000万円相当の救援物資を提供すると発表している。

23日、自衛隊の国際緊急医療援助隊の第1陣が被災地に到着し、医療活動を開始。

ハイチのレオガンに入ったのは、医師や看護師などで構成された自衛隊の医療援助隊の第1陣、およそ30人で、現地で活動中のJICA(国際協力機構)の医療チームと合流した。

自衛隊員らは到着後、仮設テントでJICAとともに、負傷者の治療を行った。
負傷した子どもの母親は「来てくれて本当にうれしい。来てくれなければ、子どもはけがした腕を切断しなくてはいけなかった」と話した。

JICAは26日に帰国予定で、その後は、自衛隊がおよそ100人態勢で医療活動を行う。


自衛隊の救援活動

23日、ハイチのレオガンで、自衛隊の国際緊急医療援助隊の第1陣が医療活動を開始。



一方、首都ポルトープランスでは、ようやく重機が入り、がれきの除去などが始まったが、市内ではほとんどの建物が倒壊しているため、がれきの下敷きとなった遺体の収容などには時間がかかるとみられている。

各国の救援部隊による必死の捜索活動が続く一方で、現地では遺体の身元確認をしないまま集団埋葬が始まっている。

米CNNテレビは、土砂運搬用のダンプカーの荷台に載せられた遺体が、埋葬のために掘られた穴に投げ込まれていく様子を繰り返し伝えている。

1月14日港の遺体安置所

野ざらしにされている遺体






posted by NPO法人 防災サポートおぢや at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 警告されていた!ハイチ大地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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