2009年03月31日

星野講師の体験記(1) 〜 明日に向かって生きる 〜

地震災害、地震防災対策サポートサイト
防災サポートおぢや


3月18日(水)、練馬区主催による「平成20年度 防災講演会」にNPO法人防災サポートおぢやの講師 星野 剛氏が招かれ、区民防災組織員・一般区民向けに講演を行ってきました。

星野講師の体験記(1)を要約してお届けいたします。


〜 明日に向かって生きる -中越地震被災体験から- 〜


新潟県中越地震 2004年(平成16年)10月23日午後5:56 M6.8


一番伝えたい要点


● 住宅の耐震補強 → 死んでは元も子も無い、まず一番は命。

私は中越地震が起きたとき自宅におりまして、午後5:56でしたので、丁度もうじき夕食というタイミングでした。

私は一階の居間でテーブルを前に座っていました、妻は隣の台所で夕食の支度。

当時13才で中一の娘は二階でPCを使っていて、11才・小五の息子は私と一緒に居間にいたんです。

(その時の詳細を説明しながら、地震発生直後の生き埋めから、救出作業の状況等の経過を話す。)


倒壊した星野講師の自宅

1階と2階部分が完全に押しつぶされ、屋根のみが残っている星野氏の倒壊した自宅



生き埋めから救出された後、自衛隊の先遣隊が来る迄の事

・緊急の避難所となった集会所や車庫のけが人と子供達の遺体(内1人は星野氏のご長男、管理人注)

 生き返らないと分かっていても施した救急救命措置。


その後、双発ヘリで空路信濃川の河川敷に運ばれ、住民は避難所に、けが人は病院に搬送。

私は子供達の3遺体と警察に…… 検死・葬儀屋・火葬・避難所合流。


● 非常用物資等の備え → 救助用具

たとえば発電機、ジャッキ、バール、チェーンソー等

また、私は車にペットボトルの水を常備しています。


● 行政サービスは無い

大規模災害の被災地になると行政関係者も被災者になる。

ライフラインが機能しなくなる事を想定していなければならない。

発生直後から暫くは自助・共助での活動になる。

公助が届くまでの行動が人命を決める。


● 最後に 〜 命の大切さ

被災して地域コミュニティーの大切さを痛感しました。

中山間地の小集落ならではの強い結び付きが、発生直後の住民同士による救助活動や長かった避難所や仮設住宅での暮らしで、助け合いや、共同作業等で非常にまとまりが有り役立ちました。

私も現在の住居での新興町内で親密な関係を構築していく事は大変な事だと思っていますが、入居世帯の皆さんが被災経験者であり、その重要性を身をもって知った住民同士ですので、親密な地域コミュニティーを築いて行きたいと思っています。

そして今ひとつ、妻がよく若いボランティアの方達に言っているんですが、

親より先に決して先立つ事の無いようにお願いしたいと。

これほど親不孝な事は無いので、今日は妻に変わりまして、私からも皆さんにお願いをします。



誰よりも辛く、悲しい体験をされた星野氏の説得力のある講演。

苦しみ、悲しみを抱えつつ、それでも尚、町内会長として地域の為に奔走された共助の精神。

防災サポートおぢやの講師陣は、みな、悲惨な体験を乗り越え

いいえ 未だにPTSDを抱えつつも、大災害時における具体的な行動、法的な制度などを、体験者だからこそ伝えられる生身の情報として多くの皆さんにお伝えしております。


管理人は、この様な防災サポートおぢやの講師陣を、誇りに思っています。


練馬区で講演の星野講師


練馬区で講演の星野講師

練馬区で講演の星野講師 (写真提供:ねりま減災どっとこむ様)




NPO法人防災サポートおぢやでは、生きた情報をその体験談とともに全国の皆様にお伝えしております。



posted by NPO法人 防災サポートおぢや at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 派遣講師の体験記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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